2010年10月1日

考える力とコミュニケーション力

9月1日にアップした「言葉の意味」からさらに1歩前に進めて考えてみたい。

難しい言葉で言うのは簡単だが、平易な言葉で言うのは難しい。本質まで理解していないと、平易な言葉にはできないからだ。だから難しい言葉でもっともらしく説明するのは、物事を理解していない証拠でもある。言葉をちゃんと理解しているかどうかは、そこに至るまでに自分の中できちんと考えているかどうかによるところが大きい。だから、難しい言葉の意味を理解しないまま使うと、思考停止にはまっていきかねない。
「コミュニケーション」とは、そういうことに裏打ちされた言葉を使って初めて成立するものだと私は考えている。だから、俗に言う「コミュニケーション能力」とは、物事の本質を理解できるかどうかの能力でもあるわけだ。その理解がなければ、相手に本質が伝わり分けなどあり得ないのだから。話し方や文章が上手かどうかなど、二の次、三の次だ。
インターネット環境やマニュアル文化が浸透し、仕事環境はとても便利になった。しかしそのせいで近視眼的にしか物事を見ない(=本質を理解しない)ままに仕事を進める人が、若い層で増えてきた感がある。“作業”が早いことが、“仕事”ができることであると勘違いするムードがあるのも一因かもしれない。ベテランが若い世代を便利使いし、「考える」「理解する」ことを重視しないために、「考える」ことを育む環境が減っている側面もあるのだろう。
しかし、例え今の“作業”が遅くとも、「考える」「理解する」ことを続けているかどうかは、数年後に大きな差が出てくるはずだ。それを放棄して“作業”ばかり早くなっても、いざ困難に直面した時に課題の発見も解決もできなくなるのは間違いないと、私は確信している。
今私が接している若手営業マンたちには、キャリアが浅い分、砂漠に水がしみ込むように少しづつステップアップしていくのを感じる。だからこそ、本当の意味でのコミュンケーション能力を、今の時期しっかり磨いてほしいと思うし、「考える」ことの重要性を感じ続けてほしいという思いを胸に、日々接している。