2011年8月2日

調査設計も顧客目線で

ある会社が商品の定期点検に我が家を訪れると言う。休日をつぶしたくなかったので、仕事をやりくりして在宅待機し、定期点検に立ち合うことになった。
定期点検は約20~30分。点検の結果、何も問題はなかった。点検に来てくれた人はとても丁寧に見てくれたことに加え、商品内容についても、改めてかなり詳しく説明してくれた。けれどもその内容は、私にとっては重々承知している内容だった。私自身はその商品について比較的詳しかったからだ。時間をやりくりしていた私にとっては、そんあことより早く終わらないかなあ、と気持ちが大きかったのも事実だ。
その後2週間ほどたって、顧客満足向上のためのアンケートが郵送で届いた。アンケートは比較的ボリュームがあり、あらかじめ謝礼が同封されていた。
そのアンケート内容は、点検マンに失礼がなかったか、感じがよかったか、わかりやすかったか、有益な情報が提供されたか、等々の設問だ。それぞれについて、点数で評価するというものだった。この結果が、点検に来た人の評価につながるのかもしれないし、今後の点検を担当する人への教育に生かそうというものであることは一目瞭然だった。
しかし、その設問の仕方は、いかにも回答を社内で整理しやすいようにつくられたもののようで、とても答えにくいものだった。点数評価ではあるものの、いいか悪いかが点数化されており、その点数には「普通」とか「どちらとも言えない」という内容は点数化されていなかった。
私は、点検項目や点検方法、立ち合いの仕方等についての設問があればいろいろ言いたいことがあった。事前に多少情報交換できればお互いに無駄な時間を排除でき、よりよい点検ができるであろうにとも思った。そういうことをできればそのアンケートを通じて伝えたかったが、そういうことを回答できる設問はなかった。
例えば、「有益な情報が得られたか?」という設問があった。「とても得られた、やや得られた、あまり得られなかった、得られなかった」で回答するのだが、これには本当に困ってしまった。なぜなら、私はその時、商品について詳しい内容を説明してもらうよりも、早く点検が終わってほしいと思っていたわけで、どんなに説明をしても有益とは受け取りにくい。けれども、もしここで「得られなかった」と回答すると、ますますいろいろ説明しようとその企業が頑張ることに加担することになるかもしれない・・・と思ったのだ。そういう状況の私への、必要以上の情報提供は、うっとおしくなってしまう側面をはらむ。
そのアンケートの設計は、やはりずさんだと言わざるを得ない。
蛇足だが、とても残念なことに、このアンケートが来たことで、私にとってその企業への信頼性は少し低くなってしまった。さらに、点検に来てくれた人への忘れていたもやもやとした不満が、改めて明確になってしまった。ほんの少しだが、こんな点検があるくらいなら、面倒だからその商品は今後ご遠慮したいという気持ちがちらりとかすめるくらいだ(いい商品なので、そういうことはないが)
調査の設計とは難しい。顧客目線で設計しないと、本当に得たい情報は何も得られないアンケートになってしまうことになる。さらに、よりよくするためのステップが、逆に顧客離れを起こすかもしれない、ということを、私は一顧客として痛感したのだった。